糖尿病医の糖尿病日記

糖尿病(MODY3)の糖尿病医が糖尿病の記事を書きます.

僕が MODY と診断された話

僕は 10 歳の時に糖尿病と診断されました。若くして発症しているので、糖尿病の知識がある方によく「1 型糖尿病ですか?」と聞かれます。
いいえ、違うんです。
MODY という、あまり知られていない糖尿病なんです。

 

 

 

MODY って何?

MODY は、「その他の糖尿病」の一つです。
一口で糖尿病と言っても、発症にいたる原因で大きく4つに分類されます。「1型糖尿病」「2型糖尿病」「妊娠糖尿病」、そして遺伝性糖尿病や薬剤などが関係して発症する「その他の糖尿病」があります。

MODY (Maturity Onset Diabetes of the Young) は、その中でも一番最後の「その他の糖尿病」で、モディーと読みます。 日本語で家族性若年糖尿病とも言います。簡単に言うと、血糖を下げる「インスリン」の分泌の調整に大事な部分の遺伝子に変化が起きてしまい、生活習慣に関係なく若くして糖尿病を発症してしまう遺伝病です。

 

 

遺伝子(DNA)は2本のヒモからできており、それぞれ父親と母親から1つずつ受け継がれます。両親のどちらかがMODYの原因遺伝子を持っている場合、50%の確率で子供に遺伝するといわれています。

 

 

odaqdm.com

 

 

 

 

 

診断のきっかけは、血糖測定

僕の祖父は糖尿病だったみたいです。僕が生まれたときには、もう亡くなっていました。60 歳頃に心不全が原因で亡くなったようなので、ちょっと短命ですよね。今考えると、糖尿病が原因だったのではと思います(当時は今と違い、治療薬も少なく、食事・運動療法以外の選択肢も少なかったようです)。
父もまた糖尿病でした。僕が物心ついた頃には、父は既に 2 型糖尿病の診断を受け治療を受けていたと思います。 仕事で忙しく、いつも家を空ける事が多かったので、仕事で無理しすぎたかなーと笑っていました。

僕と違って(笑)几帳面でしたから、毎日毎日、自宅用の血糖測定器を使って血糖を測定し、カレンダーに数値を書くのが日課になっていました。
僕が 10 歳のある日、どんな経緯かは忘れましたが「お前も測ってみないか?」と言われ、「面白そうだな」と思い測ってみることにしました。今思えば、この時に測定していなければ、発見がずいぶん遅れてしまったかもしれません。

 

当時使っていた血糖測定器は、小さな電卓くらいの大きさの機械でした。まず、血糖測定器に使い捨ての電極チップを挿し込み、エンピツのようなバネ付きホルダーに針をセットします。そして、ホルダーのボタンを「エイヤ」と押すと、指に針が刺さります(これが当時の針の太さだと結構痛い)。

 


今の血糖測定器とは違って、針も太く むき出しの構造をしているので、緊張して何度も「やっぱりやめようかな」と思いました。

 

そうしてゴマ粒くらいの血液を絞り出したら、電極に血液を付けて 15 秒待ったところ、結果は 205 mg/dL。正常の血糖値は 80 〜 125 mg/dL くらいなので、2 倍以上も高い値でした。糖尿病の知識が全く無かった自分でも、「高すぎる」と思う値です。
これはおかしいと思って、何度測っても 200 mg/dL を超えていました。 焦りと混乱とで、もう痛みなんて全く気になりません。
最初は笑っていた父も、次第に険しい表情になっていきました。
これが糖尿病との長い付き合いの始まりでした。

 

 

 

 

父が通う病院へ受診することに

最初から糖尿病だと分かっていたため、小児科ではなく糖尿病内科を受診することになりました。とりあえず血液検査と尿検査を受け帰宅。後日、採査の結果を聞きに行ったところ。
HbA1c は 8.0%でした(JDS値、現在の基準のNGSPに直すと 8.4%相当)。6.1%を超えると糖尿病型と言われますから、間違いなく糖尿病です。
「きみは糖尿病です」
担当してくれたセンセイから言われましたが、実感がわかず、不思議な気分でした。

 

「GAD抗体という1型糖尿病の検査がマイナスです」

この年齢だと、1 型糖尿病のことが多いのですが、これでは 2 型糖尿病という診断になります。他の検査もして色々調べたいので、入院しましょう」

 

 

 

成人じゃないのに成人型??

そういうわけで、学校を休んで、2 週間入院することになりました。
2 型糖尿病の診断疑いということで、糖尿病のことを学びつつ治療を行う、いわゆる教育入院という形で小児科ではなく糖尿病内科の病棟へ入院したので、周りにはおじさんおばさん、お爺さんお婆さんしかいませんでした。

採血検査は多いし、夜には叫び声が聞こえることもあり気分は最悪。

入院中は、血糖値のコントロールや糖尿病に関する講義の他に、合併症の検査を行います。そのなかでも、神経伝導速度検査という検査がとても痛くて一番イヤでした。
手足の神経に電気をビリビリ流して反応を見る検査なんですが、体に電気を流すので当然痛い。
幸い結果は正常だったようですが、トラウマになってしまったので、できれば受けたくない検査です。

 

その後も、いろいろな検査を受けました。
でも、どの検査でも、どう考えても、2 型糖尿病としか考えられない結果でした。MODYのことはあまり知られておりませんでしたし、遺伝子検査が行われることも(現在においても)稀でした。当時は、「成人型糖尿病」や「インスリン非依存型糖尿病(NIDDM)」という名前だったので、成人してないのに成人型??と大混乱しましたが、インスリンの注射をしなくてもいいと言われたので嬉しかったのを覚えています。

 

疑問と矛盾だらけの教育入院

糖尿病に関係する検査の他に、糖尿病の知識をつけるのも大事なポイントです。
なぜ糖尿病になるのか?
血糖が高いと、どんな合併症があるのか?
どんな治療薬があるのか?
ビデオや教科書を見て、糖尿病のことを学習します。
でも、その内容は
「いわゆる成人病」
「食べ過ぎや運動不足、肥満が原因になる」
「生活習慣が悪いと発症する」
「お酒やたばこはやめましょう」
という説明で、小学生の僕には何一つ当てはまらないものでした。
担当の看護師さんに聞いても、子どもの2 型糖尿病の経験はないらしく、まともな回答は得られませんでした。
「もしかして、僕は普通の糖尿病ではないのでは??」

 

きずついた患者会

10 歳で 2 型糖尿病と診断された僕ですが、毎日の内服や体調管理に少しずつ慣れてきました。中学生のとき、通っていた病院に「患者会」の案内があり、なにか分かるかもしれないと思い参加することにしました。
「患者会」とは、同じ病気や障害などの患者体験を持つ人たちが集まり、意見交換をしたり、交流をする会のことです。

糖尿病の方は、周りになかなか言い出しづらいこともあり、社会的に孤立しやすい現状があります。そこで、同じような悩みを抱える方が集まることで、自分ひとりで治療をしていくよりもモチベーションアップにつながります。
僕は10 歳発症なので、同じような年齢が集まる「ヤング糖
尿病」のためのというグループでした。
当然この、ヤング糖尿病の会は 1 型糖尿病(当時はIDDMと呼ばれていた)方ばかりでした。当時は(現在でも)、世間では糖尿病イコール生活習慣病という認識でした。特に、生活習慣が関係なく発症する 1 型糖尿病の方は、2 型糖尿病と間違われることはとても嫌なことだと思います。実際、現在においても1型糖尿病の方が生活習慣病と揶揄されることもあり*、こちらは社会的差別(スティグマ)
として問題になっています。

 

*実際には2型糖尿病も遺伝的素因が強く生活習慣が発症に関係ないことも多いため、生活習慣病という呼び方は不適切とされています。

 

 

 

そんなこともあってか、みんな子どもということもあって、2 型糖尿病の僕へ言葉は、なかなか凄まじいものがありました。
「きみは若いのにIDDM(1 型糖尿病)じゃなくて、NDDM(2 型糖尿病)なんだね。そんなに生活習慣が悪かったの?」
「運動不足なんじゃない?」
「ジュースいっぱい飲んでた?」
「みんな糖尿病といえば生活習慣病って言ってて、きみのような 2 型糖尿病と一緒にされるのがすごいイヤなんだよね」
と実際にいわれたのはよく覚えています。
他の糖尿病の方がすっかり怖くなってしまい、それ以来患者会には行かなくなりってしまいました。、より孤立感が深まってしまいました。
(僕も皆と同じで、糖尿病になりたくてなったわけじゃないのに…)
今のようにインターネットですぐ情報が得られる時代でもありません。そうして、どうして自分が糖尿病になったのか、分からないまま時が経っていきました。

 

※追記・注:この記事は特定の病型の方や医療者を非難するものではありません。

 

MODY という病気の存在を知った医学生時代

幸い、大きく体調を崩すことはなく、中学、高校を無事卒業することができました。自分のように糖尿病で大変な思いをしている人を治療したいと思い、医学部に行くことに目標を定め、運良く合格しました。
医学部の図書館には、あらゆる種類の医学書が置いてあります。当然、糖尿病の医学書も多く、自分のようなタイプの糖尿病について手がかりがないかを調べることにしました。
その当時は、遺伝型糖尿病の分野はほとんど記載がなかったのですが、
●「糖尿病には、「1 型糖尿病」、「2 型糖尿病」、「妊娠糖尿病」、「その他の糖尿
病」がある」
●「血糖の調整に重要な遺伝子が異常をきたし、1 型でも 2 型でもない糖尿病を発
症することがある」
●『子供のときに発症するので、1 型糖尿病と間違われやすい』
●『25 歳より前に発症し、肥満(太っていること)を伴わない』
●『遺伝子検査を行い診断する』
という文章を見つけ、これはまさしく、僕のことだと思いました。そこで、病院実習のときに、糖尿病科の先生に自分の病気のことを相談してみましたが、はっきりとした結論は出ませんでした。残念ながら、(その当時、あるいは現在も)遺伝型糖尿病に関しては、糖尿病専門医の先生にも十分に知られていないようでした。
MODY の存在を知るという、大きな進展はありましたが、
実際どうやって遺伝子検査ができるかわからず、診断は叶いませんでした。

 

 

 

糖尿病への差別に悩んだ研修医時代

そうこうしているうちに、医学部を卒業しました。しかし、すぐに一人前の医師というわけではありません。
医師国家試験に合格しても、まずは初期研修医として 2 年間いろいろな診療科をまわり、経験を積む必要があります。その後、自分の進む専門科を決めるのです。
指導医の先生は、自分がどういった科にすすみたいのか、必ず質問してきます。
僕は、自分が糖尿病になったことがきっかけで医者になったわけですから、「糖尿病内科へ進む予定です」と答えます。
しかし、
『糖尿病患者なんて、よく一生診ようと思うね。 キャラ悪い人ばっかりじゃん』
『自己責任であんな病気になるわけだから、別に診なくていいんじゃない ?』
と言われることもしばしばありました。
信じられないかもしれませんが、影で糖尿病の患者さんの悪態をつくスタッフはとても多いです。
こういった糖尿病の方への偏見・差別は「スティグマ」と呼ばれ、大変問題になっています。 本来ならば患者さんに寄り添ってあげなければいけない医療者がこうなのですから、医療者でない方には尚更です。 最近では、日本糖尿病学会・日本糖尿病協会が協力し、こういった差別をなくそうという運動がありますが、糖尿病イコール生活習慣病、自己責任という考え方が根強いのが現状です。

そのような差別的発言は、そのまま自分自身に言われているように思えました。
こんな状況で、まさに自分がその 2 型糖尿病であることなんて言えないですよね。
「そうですかねぇ、ハハハ…」
と愛想笑いすることしかできずに、研修医を終えることになりました。

 

※追記・注:この記事は特定の病型の方や医療者を非難するものではありません。

 

遺伝子検査のチャンスは突然にやってきた

2年の研修医期間が終わったあとは、いわゆる糖尿病専門医になるために研修病院での経験が必要です。僕はもちろん糖尿病専門医になりたかったので、上京し就職することにしました.

研修の日々は結構忙しかったですが,糖尿病の専門医や専門のスタッフは,研修医のときに感じたような差別的な言動は少なく結構居心地はよく感じました.

子どもの時からの主治医から紹介状をもらい,部長先生が主治医になってくれたのですが,2年ほど経ったとある日,「知り合いの先生にMODYを専門としていて、遺伝子検査をやってくれるかもしれないから話を聞いてみたら?」ということで、その大学病院に紹介状を発行してもらいまいした。

 

遺伝子検査を受ける

遺伝子検査はガン治療やいわゆる難病,また出生前診断のために来院される方も多く,遺伝専門医からの遺伝カウンセリングという面談を経て行われます.遺伝子検査の結果によっては逆に精神的・社会的な不利益をこうむることがあり,十分なカウンセリングを経て十分理解・納得してからの検査が必要になります.

検査自体は、普通に採血するだけで終わりました.

 

1年ほど経ったある日,結果が出たと連絡があり説明を受けに行きました.

どうやら僕の場合は、HNF1Aという、インスリン(血糖を下げるホルモン)の出ぐあいを調整する遺伝子のうち,最初から176番目のアミノ酸からぷつりと途切れてしまっているようでした(ストップコドンといいます)。

つまり、この遺伝子は,本来の3分の1ほどしか機能しないような設計図になってしまっていたのです。

診断は,MODY3でした.糖尿病を発症してから19年目の夏でした.

 

 

 

 

遺伝子検査をうけて

さて,遺伝子検査を受けて一番良かったのが、自分が糖尿病になった原因がわかったことでしょうか。1型でも2型でもない糖尿病、とずっと言われてきて、どちらのコミュニティにも属せず、治療をしている医療スタッフもよくわかっていない状況だったので、自分が糖尿病であることを受け入れることができませんでした。

あとは自分に合った治療がよくわかるということでしょうか。MODYは原因遺伝子によっては、これがとても効果的、という薬剤があります。例えば僕のMODY3はSU剤・GLP-1受容体作動薬がかなり効果があると考えられています。

 

患者会をたちあげる

自分が生きる目的が出来たのもこの頃からです。まあそもそもMODYという病気が糖尿病専門医でもあまり知られていないような状況ですから、検査も当然保険がきかず自費で行うことになり高額になってしまいます。MODYの診断をしてくれた先生が言っていたのは、みんな同じような経験をしていると思うけれども、遺伝子検査にたどりついてくる人はごくわずか、ということばが印象的でした。

なお英国での報告によると、糖尿病全体のうち1-3%はMODYといわれていますが、遺伝子検査が十分に普及しておらず1型または2型糖尿病として治療されている、といわれています。つまり日本でも3万人ー9万人程度はMODYの可能性はありますが、ほとんどは検査にもたどり着いていないものと考えられます。

自分と同じような経験をしている人がいるかもしれないと考え,単一遺伝子による糖尿病友の会を立ち上げました。2022年8月現在、9名の方が入会してくれています.

まず会員数を増やしていくという段階ですが,今後は遺伝子検査を保険でできることを目標に活動をしていきたいと思っています.

もしこれを見てくださっている方で興味がある方は,ぜひご入会ください.

 

 

長い文章でしたが,ここまで読んでくださってありがとうございました.