インスリンを使用してる方でも,海外旅行や飛行機の搭乗に制限は全くありません.しかし,いくつか気を付けるポイントはあります.
現在,新型コロナウイルスの影響で,海外旅行や出張の機会は減っていますが,いずれは元のレベルに近いところまで戻ると思われます.
インスリン使用中の方(特に1型糖尿病の方)は,旅行の制限はありませんが,いくつか注意するべきポイントがあります.今回,欧州糖尿病学会から発行されているDiabetologia誌に掲載された内容を,かいつまんでご紹介します.
この記事は,以下の文献を参考に作成しています.
注意するべきポイントとして紹介されている内容は11点と,ちょっと多めです.
図:文献より引用-
インスリン使用中,旅行で注意するべき11のポイント
- ロストバゲージの対策をしておく
- 適切な機内食を選択する
- インスリンポンプは気圧差での血糖変動に注意
- 必ずスペアのインスリンを用意しておく
- 血糖測定器やインスリンポンプは手荷物検査時,X線に通さないよう注意
- 思いがけない出発便の遅れに注意
- 旅行中はなるべく座る時間を短くして,こまめに運動を
- 時差ボケに注意.シックデイと同様の対応を
- インスリンは適切な温度で保管する
- 低血糖対応食を常備する
- 気候の変化に注意する
それぞれの項目を簡単に解説します.
1. ロストバゲージの対策をしておく
ロストバゲージ,海外旅行を経験された方は聞いたことがある話と思います.
預けていたスーツケースが手元に届かず,行方不明になってしまう事態が起こることがあります.
日本ではあまり考えられないことですが,海外旅行において1-3%程度の頻度で発生しているようです.特にTransitが多い場合は要注意です.
インスリンや内服薬,血糖測定器など,血糖コントロールに関係している物品はスーツケースには入れず,手荷物に収めるようにしましょう.
飛行機の貨物内は温度が低下することがあり,凍結のリスクもあります.
2. 適切な機内食を選択する
ずーーっと座りっぱなしなのに,バンバン出てくる機内食.
事前に伝えておけば,機内食を糖尿病対応食に変更することができます.
JAL, ANAはもちろん,海外の多くの航空会社で糖尿病対応ミール(DBML)に変更することができます.糖尿病食といっても,低GI食に変更されていたり,単純に主食量が減ったり等,航空会社によって様々のようです.
各航空会社のホームぺージ上にもメニューの一例が紹介されてます.
他にもSNSやブログなどでも紹介されてますので,ご興味あれば検索もどうぞ.
3. インスリンポンプは気圧差での血糖変動に注意
インスリンポンプを使用中,山登りや飛行機などで気圧変化が生じると,同じインスリン速度でも血糖の挙動に変化が出るようです.
気圧変化により気泡が発生する影響と考えられていますが,メドトロニック株式会社のHPでも注意喚起があります.
搭乗中はこまめな血糖測定と,気泡の除去の意識が必要です.
4. 必ずスペアのインスリンを用意しておく
特に海外旅行のさいは,なるべくスーツケースに糖尿病治療薬を入れないよう注意することは重要ですが,ハンドバッグやバックパックなどの手荷物も盗難のリスクがあります.
世界的な観光地だと,スリや置き引きの遭遇は日常茶飯事です.アンケート調査によると,海外旅行では10人に1人が盗難の被害にあっています.
海外旅行中に置き引きやスリにあった人は10人に1人、TRAICY(トライシー)
インスリンや飲み薬をまとめて一つのカバンに入れていて,それが盗まれたら・・・考えたくないですね.
インスリンや内服薬は,できるだけ分散して保管しましょう.
なお,インスリンを紛失した場合は,国内であれば出先の病院やクリニックで処方を受けることができます.「お薬手帳」があればなおスムーズです.
海外の場合は,現地旅行代理店やカード会社に問い合わせ,近くの医療施設や薬局を紹介してもらった上で受診を考慮して下さい.
(アメリカの一部の州では薬局で購入も可能と聞きますが,もしご存じの方いらっしゃればご教授ください.)
5. 血糖測定器やインスリンポンプは手荷物検査時,X線に通さないよう注意
インスリンポンプや自己血糖測定器は精密医療機器のため,放射線照射により影響を受ける可能性があります.また,フリースタイルリブレ®の説明書きに,放射線照射は避けるよう名言されています.
メドトロニックのHPでは手荷物検査程度の放射線量であれば影響を受けることはないと記載がありますが,保安検査場に申請すれば念のため放射線照射を避けることが可能です.
例えばANAのホームページではインスリンポンプやリブレ等について説明があります.
(上記HPより引用)
インスリンポンプおよび持続的血糖値測定装置(CGMs)、ならびにインシュリン注射・エピペンなどの自己注射器や、医師から処方された在宅自己注射薬剤を投与するために使用する自己使用注射等の、針については機内へお持ち込み、ご使用いただけます。事前申告や医師の診断書のご提示は必要ありません。なお、インスリンポンプおよび持続的血糖測定装置(CGMs)をお持ちの場合には、事前に機器のメーカー名、機種等をANAおからだの不自由な方の相談デスクまでお知らせください。保安検査の際に自己注射、検査用医療機器もしくは自己注射器(針)であることをお知らせください。
なお海外の航空会社に登場するさい,証明書が必要なことがあります.
各航空会社によってまちまちと思いますが,インスリンポンプに付属しているカードや,糖尿病協会が発行している英文カードを主治医に記載してもらうのも有効と思います.
(日本糖尿病協会HPより.糖尿病英文カード)
6. 思いがけない出発便の遅れに注意
とくに国際便は平気で搭乗時間が遅れます.
自分の場合は10時間の出発遅れを経験したことがありますが,国内線の感覚で意識すると危険なことがあり,まれに日をまたいで遅延することもあります.
食事感覚や体調管理,薬剤や穿刺針の自己管理には十分な注意が必要です.
7. 旅行中はなるべく座る時間を短くして,こまめに運動を
海外便は10時間以上のフライトが必要になることがあります.
糖尿病の方は血栓症(エコノミークラス症候群)になりやすいと言われており,こまめな水分摂取・歩行がすすめられます.
そういう理由で,飛行機は通路側の席が無難と思います.インスリンを座席で注射する方もいますが,トイレで注射を行う方もいるため,通路側のほうが離席しやすいですね.
また,ツアー旅行では1日中移動することがあったり,逆に1日中歩き通すこともよくあり,事前に日程を把握して計画を立てておいたほうが無難と思います.
8. 時差ボケに注意.シックデイと同様の対応を
インスリンを使用しているときは,特に時差に注意が必要です.
超速効型インスリンは通常通り食事毎の投与で大丈夫です.ただ,時差で朝・昼・夕どの単位数を注射するかは主治医と相談したほうが良いと思います.
個人的には,旅先で一番トラブルになるのは低血糖なので,いつもより少し少なめに投与してもらうようにお願いすることが多いです.
時効型インスリンは,いろいろな調整方法がありますが,一番やりやすいのは日本の時間に合わせて注射をする方法です.スマホなどで世界時計が簡単に確認できるので,日本時間が見れるように設定し,いつもと同じ時間に注射するだけです.
注射時間が夜中になってしまう場合は,1日1時間程度ずつ時間をズラしながら微調整していきましょう.
なお混合型インスリン(ミックス製剤やライゾデグ®)は少し複雑なので,
担当医と具体的に投与スケジュールを相談するのがベストです.
なお時差ボケで体調が悪かったり,食事がとれない時はシックデイと同様の対応を推奨します.
9. インスリンは適切な温度で保管する
とくに暑い環境は要注意です.注射製剤はホルモン製剤なので,30℃以上の環境に長くおくと変性・失活し同じ量のインスリンでも効きにくくなってしまいます.
インスリンは熱に弱い 高温と直射日光に注意 | ニュース | 糖尿病ネットワーク
あ,熱くてまずいなと思ったときは,インスリンポーチに保冷剤を入れたり,ひえひえのペットボトル飲料を購入して一緒のバッグに入れておきましょう.
また,海外のホテルでは品質の悪い冷蔵庫でたまに凍結することがあります.
そのため,タオルに包んで保管するなどの対策が有効です.
また,インスリン専用の保冷器具もありますが,もし使用されている方がいれば使用感を教えていただけると嬉しいです.リンクを貼っておきます.
10. 低血糖対応食を常備する
旅行中は普段よりも運動量が増えます.おおこうち内科クリニック様の記事(pdf)によるアンケート結果によると,旅行中に発生する糖尿病関係のトラブルは「低血糖」が最も多かったようです.
(上記,おおこうち内科クリニック様HPより引用)
いつも通りのインスリン量でも,血糖が大きく低下することがあります.
菓子類などは現地調達も可能ですが,日本と違い海外では,大袋が多く小分けの菓子類は少ないです.また自動販売機も小銭しか使えなかったり,飲み込まれたりなどトラブルが多い印象です.
どなたも「慣れている低血糖対応食」があると思いますので,慣れてないうちはなるべく持参したほうがよいと思います.
自分がおすすめするのは「ヨーグレット」「ハイレモン」などのラムネ菓子です.
分封されたビスケットなどもよいと思います.
こわれにくい,気温で溶けにくいお菓子類がよいと思います.
11. 気候の変化に注意する
世界にはいろいろな気候の国があります.熱帯,砂漠地帯,寒冷地帯など.
特に日本と大きく異なる気候の国は要注意です.9. のインスリンを適切な温度で保管するのはもちろんですが,
例えば真冬でも30℃を超える熱帯(シンガポールなど)では,冬の気候に慣れた体では脱水症・熱中症のリスクが高くなります.反対に寒冷地方では足趾の凍傷に注意が必要です.
色々な国を自由に旅行できたこれまでの日常が恋しいですね.
今回の記事は長々としたものになってしまいました.ここまで読んでいただきありがとうございます.
記載:2020年9月22日
修正:2020年10月3日(記事を一本化)