クリニカルイナーシャという言葉をご存じですか?

クリニカルイナーシャとは,治療目標を達成していないにも関わらず,惰性をもって積極的な治療を行わないことを指します.医療従事者/患者の両方が原因になりうる,難しい問題とされています.

 この記事は下記,アメリカ糖尿病学会からの報告を基に作成しています.

care.diabetesjournals.org

 

糖尿病の治療目的を一言でいえば,
「血糖を適切にコントロールすることにより,合併症の発症や進展を防ぐこと」です.

通常の場合は,合併症の発症および進展を防ぐため,「HbA1c 7.0%未満」を目指して
月々の推移をみながら,生活習慣の改善を提案したり,薬剤変更が行われます.

そこで,実際に薬剤変更が行われている割合を調べてみると,驚くべき結果がわかりました. 

(上記報告 図1から引用.)

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上図は,HbA1cの値ごとに,治療強化を行ったかの割合.
白 = 治療強化した(薬剤変更や,増量)
黒 = 治療強化しない(そのままの処方)

上記の報告によると,HbA1cが 9.0%以上の場合でも,44%がそのままの処方内容で継続されているようです.  

HbA1cが長期間,目標値より高いということは,「今現在行っている治療がその患者さんに合っていなかったり,不十分である」ことを示しています.

 

なぜ,漫然と同様の治療を続けるのでしょうか.

 

クリニカルイナーシャが発生する理由

私見になりますが,クリニカルイナーシャは,主には3つに分類できると思われます.

① 前向きなクリニカルイナーシャ
② 医師要因のクリニカルイナーシャ
③ 患者要因のクリニカルイナーシャ

各項目について説明します.

 

① 前向きなクリニカルイナーシャ:

  • 食が増えた,運動量が減った,飲み忘れが多かった,など理由が明らかであり,今回は薬を増やさずに注意してみようというパターン.
  • HbA1cの値はまだ高いが,毎月少しずつ下がり続けている.下がり止まるまで様子を見ようというパターン.
  • 意識的に高めに管理している.
    特に高齢の方では,低血糖を避けるため,意識的に7%より高くコントロールすることがスタンダードです.(外部リンク参照:高齢者糖尿病の血糖コントロール目標)

 

② 医師要因のクリニカルイナーシャ

  • 忙しいから,惰性で継続してしまう.
    忙しい外来診療にて,薬剤変更の説明に時間がかかるので同じ処方を行ったり,「今月は生活習慣が悪かったですね」と永遠に言い続け,患者のせいにする場合があります.
  • インスリンなど注射製剤が使えない医療機関.
    とくにインスリンなど注射製剤は使用にあたり注意を要することが多く,医師だけでなく看護師などの特別な管理を必要とします.
    とくに糖尿病専門医が遠方だったり,混雑している場合は紹介もしにくい場合があります.

 

③ 患者要因のクリニカルイナーシャ

  • 「紹介状を出して下さい」と言いにくい.
    本当は専門医にかかりたいけど,かかりつけ医に悪いと思い遠慮してしまう.
    (なお,医師サイドとしては全く気にならないです.)
  • 経済的理由.
    血糖測定や,インスリン,GLP-1受容体作動薬などの注射薬を使用すると,月1-2万円の自己負担が発生するため,患者側から治療強化を断る.
  • 注射薬に対する恐怖感やイメージの悪さ.
    「インスリンを使用すると一生離脱できない」「インスリンは太る」「針が痛い」などのイメージが先行しており,恐怖が強いため断る.

 

 

以前に投稿したAGEについての記事でもご紹介しましたが,高血糖の期間が続くほど糖尿病の合併症が発生しやすいです.ただ,単純に薬を増やしていけば良い訳じゃないのが糖尿病治療のむずかしいところです...