私たちの体のすべての細胞には、「ミトコンドリア」という小さな器官が存在しています。これは細胞のエネルギー産生を担う、いわば発電所のような存在です。
興味深いことに、このミトコンドリアには独自のDNA(ミトコンドリアDNA)があり、核にある通常の遺伝情報とは別に、母親からのみ受け継がれるという特徴があります。
このミトコンドリアDNAの遺伝子変化が原因で発症するのがミトコンドリア病です。
今回、そのミトコンドリアの画期的な治療が話題となりました。
ミトコンドリア病が糖尿病をひきおこす
さて、ミトコンドリアDNAに遺伝子変化があると、全身の臓器にさまざまな障害を引き起こす「ミトコンドリア病」と呼ばれる疾患が生じます。
病型は多岐にわたり、筋力低下、けいれん、心筋障害、難聴などに加え、「ミトコンドリア糖尿病」と呼ばれる病型では、糖尿病と感音性難聴を併発することもあります。これは膵臓のインスリン分泌障害をきたすためで、一般的な2型糖尿病とは異なる遺伝的背景をもちます。
こうしたミトコンドリア病は、ミトコンドリアDNAが母系遺伝するため、遺伝子変化のあるミトコンドリアを多く持つ母親から、その子どもにも病気が伝わる可能性があります。
これまで、確実に発症を防ぐ手段がないとされてきましたが、イギリスで始まった新しい技術が状況を大きく変えようとしています。
ミトコンドリア病の根治術、MDT
この治療は「ミトコンドリア置換療法(MDT)」と呼ばれます。
MDTの簡単な説明としては、両親の精子・卵子とを受精させたあとに、両親由来の核のみを取り出して、あらかじめ核を取り除いた健常ドナーの胚細胞に移植することで、遺伝子変化のあるミトコンドリアを減らす仕組みです。
この結果として、本来の遺伝情報は父母由来、ミトコンドリアDNAのみドナー由来の子どもが誕生します。
なお、すでにイギリスではこの方法により数人の子どもが誕生しており、最近の医学誌『NEJM』では、そのうちの2人の経過が報告されました。
いずれも健康に生まれましたが、1人ではわずかに母親由来のミトコンドリアが残っていたとのことです。これはヘテロプラスミー率問題とよばれており、今後とも検討が必要な課題ですが、ミトコンドリア病を根絶する可能性のある新しい選択肢として期待されています。
もちろん、倫理的な問題や社会的な議論もあります。
現状、ミトコンドリアDNAは核由来のDNAとは違い、遺伝情報に与える影響は少ないとされていますが、その機能は未知の部分が多く、新たな問題が発生する可能性があります。
また、単純に「3人の親から遺伝情報を受けつぐ」ことに対する倫理的な問題もからんできます。ドナーの役割、生まれてくる子どものアイデンティティといった問題は、今後さらに議論されていくでしょう。
それでも、ミトコンドリア病のある家族にとって、「遺伝を防ぐ手段が出た」という事実は、長らく閉ざされていた希望の扉が開いたような出来事かもしれません。
今回の情報源となった記事はこちら:
3人のDNAを用いて誕生した赤ちゃん、遺伝性疾患がないことを確認 イギリス - BBCニュース
参考文献はこちら:
1) Mitochondrial Donation and Preimplantation Genetic Testing for mtDNA Disease. NEJM. Published July 16, 2025. https://www.nejm.org/doi/abs/10.1056/NEJMoa2415539
